2020年10月2日金曜日

『椿姫 LA TRAVIATA』

作曲 ジュゼッペ・ヴェルディ  原作 アレクサンドル・デュマ・フィス

演出 鈴木忠志    2009年12月 グランシップ(静岡芸術劇場)



  『椿姫』という作品は、デュマ・フィスの数少ない作品のなかの最高作であり、フランス文学の珠玉の傑作である。この作品は様々な形で上演され、オペラ作品としては多作のヴェルディが創作を行っている。

  書籍はもちろん、映画や演劇、オペラの上演で何度も見てきたが、『椿姫』が「まさかこのような形で上演されるなんて」――― パンフレットとチケットを手にしたときには思いもよらなかった演出が、そこにはあった。

  舞台の右端には、ヴェルディが机に向かい悩みながら作品を作り上げる姿が実在していた。その上、このヴェルディは青年貴族のアルフレッドを兼ねている。『椿姫』を幻想として作り上げるヴェルディは、現代の裏社会にスクロールして「世紀の悲恋物語」をマフィアアクションドラマに仕上げる。舞踏会は、金森譲氏振付のクラブ&コンテンポラリーで、見るものを全く別世界に誘う。こんなとてつもない演出ではあるが、終盤になるとヴィオレッタの悲恋は日本的な風景の中で哀愁を極め、正規の物語の枠に戻ってくる。

  「これねえ、ストーリーは一時代前の日本人好みの純愛物語で、ばかばかしいんですが、なんといってもヴェルディの曲がいいし、こんなたわいもない話をもとにして、こんな音楽をつくったヴェルディという人の集中力の異常さに興味をそそられる」(当日用プログラムより抜粋)と鈴木忠志氏は語る。『椿姫』を「ばかばかしい話」と気構えずに演出できるのはこの演出家以外にはおらず、尚しかし、私は鈴木氏の演出作品のなかで、この作品がもっともお気に入りなのである。SPACの周年事業で実施されたため再演は難しいと思われるが、SCOTサマーシーズンのたびに『椿姫』を期待してしまう私がいる。